ATERA PEOPLE 04

ヤマト水産 吉村健至さん
気軽に声を掛けてみてください

仕入れに関しては決して妥協しない
 

 創業社長の鷹松募さんからヤマト水産の仕入れを引き継いだ。
 鷹松さんは鮮魚行商から身を起こした。自分で目利きした魚を「うんめぇよ」と売ってきた。こから付き合いの始まっている業者や氷屋もいる。
 ヤマトグループは現在、産地仲買から卸し・小売り・飲食店展開そして観光施設まで手掛けている。

「ヤマト? 鷹松社長のとこだよね。だったら、信用できる。買い物行こうか」

 そんなふうに言ってくれるお客の存在が吉村さんの自負だ。「すげぇな」と素直に思える。
 もともとの母体は鴨川。勝浦や築地でも仕入れ力には自信を持つ。市場で仕入れた魚を自社の車で各店舗に運べる体制をとっている。
 築地で上がって地域に送られる魚は「くだりもの」と呼ばれる。これらの商品の質を維持しながら、看板でもあるマグロ、勝浦の浜をメインとするカツオで認知されてきた。

「仕入れに関しては、『妥協』という言葉が一番嫌いです。社長の根本にあるのは魚を愛し、『いいものをお客さんに提供したい』という気持ち。これを薄れさせることなく、守り続けていかなくちゃいけない。そんな使命みたいなもんが自分の中にあります」





意外に「丸物」が売れるお店 

 城下市場店はおおたきショッピングプラザ「オリブ」の一角に店舗を構える。マグロをはじめ、刺身や切身、干物、冷凍物、さらには持ち帰りの寿司まで。さまざまな売り物が店頭に並ぶ。
「意外に『丸物』が強いんです」
 サバやイナダ、アジといった丸ごと1匹の魚。さらには「飾り物」と呼ばれるキンメダイやヒラメなどの高級魚。こういった品を求めるお客は少なくない。
「うちは『スーパーの魚屋」じゃない。『魚屋の魚屋』なんです」
 ショッピングセンターの一角であっても、「魚屋」の気概は保ち続けている。切身を売らないわけではない。だが、丸物に対するこだわりは大事にしている。
 さらにはマグロを初めとする刺身。ヤマトはもともとマグロを扱う水産卸から始まった。代名詞であるマグロは吟味した上でよい商品を提供している。
 城下町店がカバーする商圏は広い。勝浦市やいすみ市、睦沢町、長南町といった近隣の市町からもお客は来る。
 大多喜町内には房総屈指の温泉郷・養老渓谷温泉がある。ここの旅館も得意先の一つだ。
「明日、○○と××が必要だから、入れておいて」と前注文が入る。
「業者の人たちからも頼りにしてもらえる。こうしてやって来た中で、少しでも信用がついたのかもしれません。多少の自負はあります」

「切った張った」の中で育ってきた

 値付けの判断も吉村さんの仕事。
「お客さんが求めるものにどこまで応えられるか。要望に対する提供の仕方をいつも考えています」
 売り上げの比率をにらみながら、お客が喜ぶのであれば、あえて相場の根を崩してでも、商品を安く並べることもある。一方、「今日はこれが売りなんで、買ってください」と提示することも。
「お客さんにわがままを言える店、お客さんからわがままを言ってもらえる店でありたいんです。まだまだですが」
 商売のやり方、販売の方法については社長から直々に教わった。それは今でも体に染み付いている。仕入れとは「経験と勘」がものをいう世界。
「包丁を入れれば、切身が全て80グラムになるよう切り分けられる。職人がそんな仕事をするのと一緒です」
 吉村さんは現場上がり。デスクワークの延長で今の仕事に就いたわけではない。切った張ったの中で育ってきた。
「切った張った」とは文字通り、現場で切身や刺身を切る作業を指す。



午前2時半から1日が始まる 

 吉村さんの1日は午前2時半から3時頃始まる。鴨川から電話で築地をはじめ各市場とやり取りをしながら、その日の仕入れを進めていく。
 冷凍物や加工品が終わり、生物の買い付けが始まるのは5時過ぎ。仕入れについて現地から要望を受けたり、吉村さんの判断で買い付けたりする。
 7時頃までには仕入れをほぼ終わらせる。築地から6時半頃には車を出さなくてはならない。
 その後、現場に入り、その日の指示書を9時~10時頃まで作成。その後は日によって店舗を回ることもある。
 午後2~3時頃、吉村さんの仕事は終わる。早い日には午後7時過ぎには床に就くこともある。
「現場に入る前に商品を調達しなくちゃいけない。築地でも千葉でもそうですけど、出る時間は決まってます。逆算していくと、4~5時から仕事を始めていたんじゃ、買う商品がなくなったり、発注が間に合わなくなったりしますから。それが生活スタイルになれば、当たり前になっちゃう。朝早いからどうのこうのってことは全然ありません」



お客さんの声を大事にする理由

 城下市場店がオープンして間もない頃。売り上げが思うように伸びず、低迷が続いていた。一人のお客に掛けられた言葉は今も脳裏に焼き付いている。
「お兄さん、この頃あれだね。商売に妥協してるよね」
「……ああ、お姉さん、すみません。実際そうなんですよ」
「ないものを悩んでいたら、客はもっと悩んじゃうよ。しまいにはお店に来なくなっちゃう」
 嬉しかった。「まだ期待してもらってるんだ」と実感できたからだ。
「あの頃は足踏みしているだけだった。二の足、三の足を前に踏み出していかなければ、現状維持さえ難しいんです」
 今まで城下市場店になかったものを求めていこう。そう決めた途端、周囲に変化が生まれた。
「視野が広がった」と自覚できた。それまで小さく売っていた商品にボリュームを出してみる。売り上げが伸びた。結果を確認した上で、少しずつ新たな試みを増やしていく。好循環が広がっていくのに、それほど時間はかからなかった。
 現場にはなかなか入れなくなった今でも、お客の声を大事にしている。
「切った張ったより、売り上げの数字より、お客さんの声を直に聞けたときに『やった』と感じられます」

「いつもありがとうね」 

「お兄さんに勧められたあの魚、うんめぇかったよ」
「あ、そう。よかったよぉ」
「いつもありがとうね」
 こんな会話の最中、ふと思う。
「ああ、魚屋やっててよかったのかな」
 冥利に尽きる、とでもいうのだろうか。
 商売は買ってもらってなんぼ。これは真理だ。すすめられる商品がなければ、あえて販売することはない。こちらにも一理ある。
 例えば、アカガレイという魚がある。身はふっくらしていて、脂が乗っており、柔らかい。一方、マコガレイという種類もある。これはどちらかといえば、脂っ気は少ない。だが、身はこりこりした感じ。食べ応えがあって、食感が好まれている。
「お客さんに提供する上では、アカガレイばかりをすすめるわけじゃない。そのお客さんに合った商品をまず考えます。アカガレイが好きなお客さんであれば、なければ、一応『マコガレイにされます?』と尋ねてみる。結果としてマコガレイを買って『おいしかった』というお客さんがいれば、それはそれでありがたいし」

魚が多く揚がると気持ちがいい  

 大多喜で暮らす、あるいはこれから移住してくる子育て現役世代にとって魚はどう映っているのだろう。食卓に乗せてはいきたいけど、おいしいものを選んだり、うまく調理したりするのはなかなか骨が折れる。そんなとき、身近なプロである魚屋さんを味方に付けられれば、心強いのではないか。
「スタッフの側からお声掛けするのはなかなか難しい部分もあります。お客さんのほうから気軽にもっともっと声を掛けてもらえれば。それに応えられるような対応は取っているつもりでいます」
 朝の開店間際や勤め帰りの人たちの買い物が集中する夕方はかなりの繁忙期。ちょっと一段楽している時間帯を見計らって声を掛けてみるのも手かもしれない。
 別に難しい言葉はいらない。
「これ、どうしたらいいの?」
 と聞けばいい。
「これは塩焼きがおいしいよ」
「煮魚がおいしい」
「鮮度がいいから、刺身でもいいよ」
 よりおいしく魚を食べるヒントがもらえるかもしれない。
 
「鴨川の浜に魚が港に入りきれないほど水揚げされるときもあるんです。そんなとき、社長は『おお、いいな』『よかった、よかった』と口にする。なぜかというと、漁師がそれだけ潤うから。漁師が潤ってくれないことには、自分たちも鴨川の魚を大量に買えません。お客さんに提供することもできない。社長は『魚が多いと気持ちいいよ』といつも言います。自分も同じです」

吉村健至

 ヤマト水産で鮮魚の小売部門の部長を務める。「町民の台所」ともいうべき地域最大級のショッピングセンター・おおたきショッピングプラザオリブ。ここに出店するおおたきショッピングプラザ城下市場店をはじめ、5店舗を統括している。
大多喜町船子861
0470-80-1224

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