ATERA PEOPLE 06

大多喜町少年柔道クラブ 杉村泰彦さん
短い期間でもいい。一つのことを全力でやる

千葉県大会で優勝、全国大会にも出場
  

今年5月、東京・講道館で行われた「第36回全国少年柔道大会」に千葉県代表として出場、大阪・三重の両代表と2試合を闘った。7月の「第25回日整全国少年柔道大会千葉県大会」では男子団体の部で優勝。女子団体の部では第3位。堂々たる成績だ。
千葉県内はもとより、全国的にも柔道人口が減っている中、大多喜町少年柔道クラブは部員数を増やしている。現在、6年生が5人、5年生3人、4年生6人、3年生3人、2年生7人、1年生3人。保育園児も6人いる。子供たちの全員が大多喜町内から通う。
地域密着型で活動するクラブ。その「強さ」の秘密はどこにあるのだろう。クラブを育て上げた監督・杉村泰彦さんにお話をうかがった。



もう一度、大多喜の柔道を盛り上げたい

杉村さんが子供のころ、大多喜にはまだ少年柔道クラブはなかった。学校教育の延長としての部活動があるのみ。
クラブが生まれて今年で16年目。杉村さんは先輩に引き入れられる形で途中から指導に当たっている。当初、練習は1時間。週に1回、月3回だった。所属している子供達も4〜5人ほど。
「先輩に『ちょっと手伝いに来い』と言われて。行ってみたら、自分一人しかいない(笑)。『え、どうなってんの?』っていう話ですよね」
関わるようになれば、自然と熱が入る。現在は監督を務めている。
大多喜はもともと柔道が盛んな土地柄だった。杉村さんの二つ上の代は関東大会で優勝している。強豪校だ。
それが、人口減少に伴って、部員の確保もままならないような状態になっていた。少年柔道を何とか大多喜中柔道部につなげて、盛り上げていきたい──杉村さんはそう念じた。
「それには『出ると負け』では駄目なんです。運動神経のいい子から順にやめていく。つまらないからです。『じゃあ、野球に行く』『サッカーがいい』となってしまう」

「自分でやる気持ち」を引き出す

強くなるのに特効薬はない。まずは地道に練習時間を増やすことだ。週に1回の練習を2回に増やした。「それでも足りない」と、現在では週3回になっている。
練習内容は極めてオーソドックス。準備運動、回転運動に続き、寝技の基本的な運動。さらに寝技、打ち込み、乱取りで終わり。土曜日に練習を行う大多喜町B&G海洋センターは畳が硬いので、投げ込みはなるべくしないようにしている。大多喜中は畳が軟らかく、マットもある。投げ込みはこちらでやることが多い。
「勝てるようになったのは、最近です。全国大会にも何人か出ている。『やっと、ここまで来た』というところです」
杉村さんは中学生の指導経験は豊富。だが、小学生を本格的に教えたのはこのクラブが初めてだった。
中学生はある程度、人格も出来上がっている。特に男子生徒は、「やれ」といえば、自分で練習に打ち込んで強くなっていく。だが、小学生の場合、そうはいかない。
「『自分でやる』という気持ちを引き出さないと駄目ですね」
「中学生よりも幼い」という面は確かにある。だが、それだけではない。背景にあるのは人口減少、少子化の影響だ。





子供たちを少しずつ刺激する

「小学校も規模が小さくなっている。小学校の統廃合以前は『上級生が3人しかいない』学校から来ている子もいた。子供同士で競り合わない環境です。闘争心もないし、『勝とう』という気もない。そこの意識を変えていくのが大変でした。怒ってばかりだと、大多喜の子は萎縮してしまう」
杉村さんは指導法を一変させる。あまり怒らなくなった。この頃はむしろ、褒めてばかりだ。
「コツなんてありません。年齢を重ねて来た分、経験がものをいったのかもしれない。子供たちをすこーしずつ刺激してやるんです。『◯◯くんはこの前、休んでないから勝ったんだよ。お前、休んだから負けたんじゃない?』とかね。頭ごなしに叱ることは決してありません」



「柔道の友達」は一生続く

とはいえ、全ての子供たちが「強く」なり、「勝つ」ことは不可能だ。そういう子たちにはどう向き合っているのだろう。
「『各自に合わせた指導をする』に尽きます。それぞれの子が頑張れるように。もう卒業しましたが、障害のある子も通ってきていた。『柔道の友達』って一生続くんです。お互いに本気で闘うわけですから。中学生は締め技もある。そんな形で触れ合えば、関係はずっと続いていきますよね」
「本気を出せば、自分はできるんだ」という感覚を何とか覚えてほしい──杉村さんはそう繰り返した。これは「強弱」「勝敗」には関係ない。柔道というスポーツ・武道にきちんと取り組めば、誰でも得られるものだろう。
「見学してもらえばわかりますが、ここでは何も教えません。基本中の基本である組手すら教えないんです。『いいから組め』って。相手にどんどん切られて、全然組めないんです。だから、得意の形になられて、みんな投げられちゃう。そのうちに自分たちで工夫するようになってきますから。小学生のうちはそれでいいかなと」



「痛み」を感じて強くなる

杉村さんが柔道を通じて子供たちに伝えたいことは何なのか。
「短い期間でもいい。一つのことを全力でやる、ということでしょうか。本気でね。今は情報がありすぎる。インターネットなんかを通じて、子供たちもいろんなことを知っています。でも、本当は何もわかっていない。実体験がないからです。体を使って経験することで、人に優しくできる人間になってほしい。柔道は『痛い』。痛みを感じて、強くなれる。強くないと、優しくはなれません。下の子を思いやれる。上の先輩を尊敬できる。そういう感覚を受け継いでいってもらいたい。そこが日本のいいところだと思います」
では、かつて杉村さんが先輩から受け継いだものは何だろう。
「歪んだ根性(笑)。みんな、根性はあるんです。へこたれないといいますか。体は丈夫だし。そこですかね。……『負けない』ことじゃないですか、柔道に限らず。働くためには体も丈夫じゃなきゃ駄目だし。精神もタフじゃなきゃいけない。『こうじゃなきゃ生きられないんだな』ということを体に叩き込まれました」
 
杉村さんは無償で指導している。モチベーションを持続させる原動力はあるのだろうか。
「かえって子供たちに力をもらっています。柔道クラブがあるから、仕事や普段の生活でも頑張れる。そこが一番です。子供たちには申し訳ない気もしますが(苦笑)」
監督はいずれ、意中の人に譲るつもりだ。その後は、練習には顔を出すものの、指導からは少し距離を置くという。
「少年柔道クラブの後援会のようなものを形づくり、応援していきたい。1期生、2期生のOBたちはもう子供がいる。その子たちが入ってきそうなんです。時期としてもいいかなと」

杉村泰彦

大多喜町少年柔道クラブ監督。1963年生まれ。大多喜町横山出身。大多喜中学校柔道部で初めて柔道着に袖を通す。一宮商業高校でも柔道部で活躍。県内の中学校で教員を務める同級生の紹介で外部講師として柔道を指導。今年で16年目を迎えた少年柔道クラブは先輩に請われて手伝い始め、現在に至る。練習は月曜・水曜日が大多喜中学校、土曜日は大多喜町B&G海洋センターで行っている。
「保護者の方にはどうしても送り迎えをお願いすることになります。その点は大変ですが、お金はかかりません。レクリエーションの延長でも結構です。仮入部でもいいので、一度遊びに来てください。町外の方も大歓迎。お待ちしております」(杉村さん)

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